如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

政権への「批判」も、政府からの「地位」も欲する「さもしい」言い分

なぜそこまで「日本学術会議会員」の肩書にこだわるのか

 

 日本学術会議の新会員に105名のうち6名が除外されたことに対して、一部の学者やメディアなどが政府を激しく攻撃している。

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 共同通信などの報道によれば選ばれなかった6名は、2014年に施行された特定秘密保護法や2015年に成立した安全保障関連法への反対を主張するなど「反政府」の立場だったようだ。

 ここに注目したメディアなどが「学問の自由が損なわれる」とか「過去に前例がない」といったことを理由に、政権批判をしているように見える。

 

 私は学者ではないので、日本学術会議の立ち位置や評価等について詳細は知らないが、同会議のWebサイトには役割として「政府に対する政策提言」など4つが挙げられている。

 簡単に言えば日本学術会議は、日本学術会議法に基づいて、国が費用を負担することで、学術の進歩に寄与することを目的とし、会員は内閣総理大臣が任命するもの(第一章第一条等)ということになる。

 この趣旨に沿えば、菅首相が2日夜の記者団の質問に「法に基づいて適切に対応した結果だ」と述べたことは間違っていない。

 

 そもそも「学問の自由が損なわれる」という指摘については、橋下徹氏がコメントしているように、誰も政府批判をするような学問を研究すること自体を否定はしていない。本人の好きで選んだ学問の分野で何を研究しようがそれはあくまで自由であるのは事実だ。

 個人的な意見を言えば、今回選出されなかった学者やその周囲の人たちは、なぜ「日本学術会議の会員」という「肩書」にそれほどこだわるのか理由がわからない。

 学者としての評価は論文などの実績で決まるのであって、本来であれば肩書やどこぞの会員などというのは単なる「箔付け」に過ぎないはずだ。それほど自分の研究実績に自信がないのだろうか。

 

 しかも政府が資金を出して、総理大臣が任命する当会議のメンバーになりたいなら、反政府的な主張は控えるというのが一般的に見て合理的な判断ではないのか。学者として自己責任で研究、主張しているのだから、政府から会員に選ばれなかったことを「学問の自由」を盾に反論するのは、どう考えてもおかしい。「政権への批判はしたいが、政府のお墨付きの肩書も欲しい」というのでは、何とも「身勝手」かつ「さもしい」言い分ではないか。

 スジを通す学者なら、政府の管轄する会議のメンバーなど「なってくれと要請されるなら受けてもいいが、こちらから要望する気はさらさらない」ぐらいの気概を見せてほしいものである。

 

 加えて言えば「前例がない」という主張もおかしい。菅総理は就任にあたって「前例を踏襲しない」ことを明言しているし、そもそもここでいう学者の学問とは「前例のない領域」を新たに探究していくというのが本来の姿だろう

 

 ただ、日本学術会議が3日、任命されなかった理由の説明を求めるとともに、6人の任命を求める要望書を提出したことについて、このうち「理由の説明を求める」ことは理解できる。(改めて任命を求めるのは越権行為に思える)

 新会員のメンバーのリストを作成したのは同会議であり、これまでリストがそのまま採用されていたのが今回通らなかったことに対しては、日本学術会議内部での説明責任が生じると思うし、その説明をするための最初の責任は新会員を決定した総理大臣にあると思うからだ。

 今回の件に限らず法律上は問題がなくても、何の説明もなく「前例の排除」を実行すれば、実務を担う現場の混乱は避けられない。政策変更に伴う説明は、要不要の「理屈」ではなく「現実」へのスムーズな適用という視点からも欠かせないと思うのだが。 

 菅首相の改革への「熱意と意気込み」は高く評価しているが、もう少し「配慮や丁寧な対応」があっても良いと思う。

 

 菅総理が就任後に矢継ぎ早に打ち出した政策には、縦割り行政の打破を狙ったデジタル庁の設立など「前例にない」「既得権益の排除」という特徴がある。今回の日本学術会議の会員選出の件もこの趣旨・流れに沿ったものだとすれば、同じような事例、案件が今後相次ぐ可能性が高いだろう。その際には今回の件を参考に、より分かりやすい説明も合わせて実現してほしい。

デジタル庁、新総理が「電子捺印しか承認しない」と宣言すれば事態は一気に進展する

  

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 新たな総理大臣に就任する菅義偉氏が、政策の目玉のひとつとして掲げたのが「デジタル庁」の創設。メディアの報道によれば「各省庁に分散しているデータを統合し、柔軟に利活用できる仕組みを築く考え」のようで、マイナンバーカードのさらなる普及を含めた省庁の業務デジタル化による作業効率化を目指すようだ。

 

 キャッシュレス決済など多くの物事のデジタル化では、世界的に後れを取っている日本にあって、この政策の方向性は正しい。あえて実現に向けた懸念要因を挙げるとすれば2つ。

 ひとつは、デジタル化が「手段」でなく、「目的」になってしまい、業務の実態を理解せず「何でもかんでもデジタル」という現場を無視した無理な介入が行われること。

 もう一つは、竹中IT担当大臣が日本の「はんこ文化」がテレワーク(在宅勤務)の妨げになっているとの指摘に対して「民・民の取引で支障になっているケースが多い」と述べるなど、政府や自治体には「自分たちには関係ない」といったデジタル化に消極的な姿勢が感じられることだ。特に省庁間を跨る案件についてはその傾向が強いようだ。

 

 まあ手練手管の菅氏なので、その辺りの事情は十分に考慮したうえでの提言だろうし、関係省庁への説得にも自信は持っているのだろう。実際昨年5月には行政手続きを原則、電子申請に統一する「デジタルファースト法」が成立しており、政策実現のための仕掛けはすでに用意されている。

 

 ただ、ここは実現への意気込みを強くアピールするために個人的な「提案」をしたい。それは菅・新総理自ら「自分の手元に届く書類には公私を問わず電子著名・捺印でしか承認しない」と宣言することだ。こうなれば、周囲の議員・役人や国民への本気度がかなり伝わるのではないだろうか。(閣議での花押は一種の儀式なので残したほうが良いと思うが)

 

 一国のトップがここまで言えば、少なくとも政府内の業務デジタル化は加速せざるを得ないだろうし、そうなると地方自治体の対応も変わらざるを得なくなる。自治体がマイナンバーカードや電子捺印などを使ったデジタル化などを進めれば、自治体に書類で提出している民間企業や個人の各種証明書の申請にも波及する。

 不動産取引のように重要事項説明書など書面でのやり取りと捺印・署名が法律で義務化されている業界も残されているが、一方で国土交通省では「IT重説」の実験も行われており、他の業界でも「契約を含むあらゆる書類のデジタル化」が進展していくのは間違いない。

 

 「隗より始めよ」ではないが、菅・新総理は官邸での公文書は言うまでもなく、地元選挙区での有権者や近しい議員から要望・提案書などもデジタル書面化を要請し、紙の資料は一切承認しないぐらいの姿勢で取り組んではどうだろうか。この様子(特に支援者が紙を持ち込んで拒絶されるような場面)をYoutubeの動画で紹介していけば、デジタル化への国民の認知度と関心も高まると思う。

 少なくとも民間の「書類へのハンコしか認めない時代錯誤の経営者や管理職」への効果は絶大ではないだろうか。

 

 菅・新総理は、自民党の新総裁に選出された直後のあいさつで「役所の縦割り、既得権益、あしき前例を打破して、規制改革を進めていく」と訴えた。首相の公私を問わず「電子署名・捺印しか認めない」発言があれば、この政策の実現に弾みが付くことは間違いないと思うのだが。

石破茂氏はどうしてこうも議員に人気がないのか

各種メディアの世論調査では第一位なのに・・・

 

 自民党総裁選が9日に告示、14日に投開票される。菅義偉・官房長官・岸田文雄・政調会長、石破茂・元幹事長の3名が出馬予定のようだが、すでに各種メディアで報じられているように派閥の大半の賛同を取り付けた菅氏の圧勝は既定事項とされている。

    

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 つい最近まで菅氏は総裁選には出ないと明言していたが、「安倍首相の突然の退陣に政策の継続性などを考慮して急遽出馬を決めた」と本人がメディアでは説明していた。これは嘘ではないだろうが、老練かつ冷静な菅氏が「勢い」で決めるとは思えない。立候補を決意するまでの短い期間に二階幹事長や公明党幹部の了解を得ていたのは間違いないだろう。

 

 菅氏の思惑通りかどうかは分からないが、二階幹事長が真っ先に指示の方針を打ち出したことで、総裁選の流れは大きく動いた。安倍首相からの禅譲を自他ともに想定していた岸田氏にとっては想定外の事態だっただろうが、前回の総裁選では安倍首相に配慮して立候補しなかっただけに、今回出なければ2回連続の不出馬となり、派閥や支援者の期待を裏切ることになる。ここは次につなげるためにも「負戦」を覚悟で、総裁選に臨むしかないだろう。

 むしろ岸田氏で注目すべきはどの程度の得票で2位を確保できるか、そして石破氏にどれだけ差をつけられるかだ。これは地方票(141票)の行方に左右されるが、石破氏との最終得票があまり差がないようだと、これはこれで政治家としての実力を問われる事態になりかねない。まさかの逆転はさすがにないと思うが。

 

 個人的に気になっているのは、現時点では最下位が予想される石破氏である。マスコミもあまり口にしないようだが、総裁選の立候補には20人の国会議員の推薦が必要なのに、どのメディアを見ても石破派は19人とされている。最終的には無派閥の議員に協力を要請するのだろうが、何とかスタートラインに立てるような状態では、カタチだけの参戦で実質的な選挙戦にはならない。本人は立候補さえすればあとは地方票(141票)をどこまで確保して、岸田氏に近づけるかが焦点と考えているのではないか。

 

 テレビなどのメディアの世論調査では次期総裁の人気第一位になることが多い石破氏だが、総裁選に勝つのは100%不可能だろう。なにしろ同じ国会議員の評判があまりよろしくないというか、評価する議員が少ないからだ。ここ数年の石破氏の言動を見る限り「味方の後ろから鉄砲を撃つ」ような政権批判が大きく影響しているのは間違いないだろうが、個人的には石破氏の「信念の弱さ」や「変わり身の早さ」が信用されない最大の要因ではないかと思っている。

 

 2018年に出版された新書「政策至上主義」では、石破氏が自身の経歴について書いているのだが、まず大学卒業後の就職にあたって本人は鉄道好きもあって国鉄(現JR)を希望したそうだが、父親の反対にあって三井銀行(現三井住友銀行)に就職している。就職先すら自分で決められないのだ。さらに28歳の働き盛りの時代に鳥取県知事だった父親が急死するのだが、ここでも故田中角栄首相の要請で元々政治家志望ではなかったのに、銀行を退職して衆議院議員に転じている(1986年)。自分の職業・仕事すら他人の言うがままでは、政治家には必須の「信念」が乏しいと言わざるを得ない。

 

 1993年には政治改革関連4法案に自民党の意向に反して賛成したことで、離党するという政治家としての「覚悟」を見せるも4年後の1997年には自民党に復党、2002年には小泉内閣で防衛庁長官に任命されている。この辺りの立ち回りのうまさを見ると「機を見るに敏」ともいえるが、「節操がない」とも見れ取れる。以上から考えて、個人的には石破氏を「軸足の定まらない不安要素の大きい政治家」だと認識している。

 

 石破氏は「軍事オタク」として有名な一方、「鉄道オタク」「アイドル通」としても知られており、他の政治家にはない「大衆的な要素」を持っているのは事実で親近感のを覚える人もいるだろうが、政治家の仕事の本質はあくまで自己の信念に基づく「政策の実現」だ。その政策はどれほど立派な内容であったとしても、多くの議員の協力や賛同がなければ、政策の実現に必要な法案の作成・審議・成立は不可能だ。

 

 石破氏の場合、確固たる信念に基づいて終始一貫してブレずに行動する「気概」が感じられないし、かといって利害関係者と折り合いをつけて現実路線を目指すような「柔軟性」にも乏しいように見える。要するに政治家としての「立ち位置が不明瞭」なのだ。だから地元の選挙にはめっぽう強いものの、国会では文句ばかりいう「評論家」扱いされて人望がないのだろう。

 

 ともあれ、総裁選後に石破氏がそのまま自民党に居続けるとは考えにくい。新総理となるであろう菅氏も、岸田派はともかく石破派から閣僚を起用するとは考えにくく、石破派は解消もしくは派閥ごと新党ないしは、既存野党に合流するのではないだろうか。この場合、党首としてプライドも信念も高い枝野氏の立憲民主党ではなく、新しい国民民主党を選択すると推測する。玉木雄一郎氏を中心とする新党の参加者は22名と言われており、これに石破派の19名が加われば議員40人台の規模となり、国会でもそれなりの存在感を示せる。余談だが新たな国民民主党には石破氏と仲が良いとされる前原誠司・元外相もいる。

 

 巷では、菅新総理が今秋にも総選挙に打って出るとの観測も流れているが、石破氏の動向次第で投票が影響を受ければ、多少なりとも与野党の構図に変化が起きるのかもしれない。完全な野党にはなりきれないものの、自民党とは一線を画したいとする政党は、日本維新の会のように「現状に不満はあるが他に選択肢がなかった保守層」にとって、それなりの「受け皿」になると思われるからだ。

パソナの本部機能「淡路島移転」、本当の狙いは人件費削減では?

大胆過ぎる移転計画、退職者続出か 

 

 人材派遣会社大手パソナが1日「パソナグループ 本部機能を分散、淡路島に移転開始」とするニュースリリースを発表した。対象はグループ全体の本部機能社員 約1800名のうち約1200名で、2023年度末までに実現するという。

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 資料によれば、「真に豊かな生き方・働き方の実現」と「BCP(事業継続計画)対策の一環」が目的とのことだが、おそらく多くの人は「なぜ淡路島に1200人も?」と感じたのではないだろうか。昨今コロナ禍を受けた経営判断だとしても、東京千代田区から兵庫県の淡路島というのは唐突感が否めない。プロフィールによれば創業者で現在グループ代表の南部靖之氏が神戸市出身ということが影響しているのかもしれないが。

 

 とは言え兵庫県の「淡路島」である。人口は約13万人なので、この島に人口比で1%近い勤労者が増えることになる。家族3人で移住するとなれば3%だ。島の住宅や商業施設などの経済活動への影響は避けられないだろう。もっとも、本州と四国を結ぶ神戸淡路鳴門自動車道が淡路島を縦断しているので、島外から自動車通勤を選択する人も多そうだが。

 

 もうひとつ気になるのは「地震」。BCP対策とのことだが、1995年には6000人以上の犠牲者を出した阪神・淡路大震災が起きており、淡路島には野島断層という活断層が出現している。逆の見方をすれば当面は大地震の可能性は低いのかもしれないが、何故あえて選択したのだろうか。

 

 一方、個人的に気になるのはこの本部機能移転が、実際は人件費のコスト削減を狙ったものではないかという懸念だ。

 同社の2020年5月期連結決算を見ると、売上高は前期比0.6%の微減、純利益に至っては同69.9%も減少している。売り上げの伸び悩みと利益率の低下は同社のIR資料からも明らかだ(下図)。

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 しかも、今春以降の新型コロナによる社員の削減は観光、宿泊、飲食などの業界を中心に加速する一方で、9月1日には共同通信社が「コロナ解雇、8月末で5万人超に」と題するニュースを配信、記事では「非正規労働者を中心に厳しい雇用状況が続く」としている。毎月1万人規模で増えているので、このペースだと「コロナ解雇」は年末には10万人を突破している可能性もある。

 この非正規雇用の定義だが、ウィキペディアによれば「パートタイマー」、「アルバイト」、「契約社員」(期間社員)、「臨時職員」、「派遣社員」となっており、パソナに登録している「派遣社員」も影響を受けるのは間違いない。しかも先のIR資料によれば、契約社員数は2019年5月末の1462人から2020年には9931人へと約5.8倍に急増している。この状況下で契約社員が過剰なのは間違いないだろう。

 

 以上から見て、コスト削減のために契約社員はもとより本部の正社員までリストラを対象に検討せざるを得ない状況にあったのは確かなはずで、その流れのなかで社長の意向もあって移転先に「淡路島」が選択されたのではないだろうか。

 

 これは私見だが、同社の単独の従業員の平均年齢は40歳。対象となった1200人には子供を含む妻帯者が少ないはずだ。また住宅を購入していたり、子供の学校、親の介護などで東京勤務を変えられない人もいるだろう。こうなると一定数は「家庭の事情」で退社・転職を余儀なくされることになるはずだ。

 会社側は、こうした社員側の事情による本部社員の「自然減」を想定していると考えざるを得ない。しかも移転の期限は2024年5月でまだ4年近い時間がある。リモートワークの進展などを考慮すれば、実際に2024年に淡路島に職場が移転している人は半分程度の数百人に留まる可能性が高いのではないだろうか。

 

 パソナの本業は人材派遣。これは見方を変えれば契約社員のリモートワークの一形態と言えなくもない。このスタイルを正社員にも適用する流れのなかで、「淡路島」、「東京に残る本部機能」、「その他リモートワーク」そして「退職」という選択肢を用意する真意は、急速に悪化が予想される業績への対応策の一環と思えてならない。

感染症と熱中症、マスクの着用に求められる自己判断

厚労省はパンフで「熱中症を防ぐためにマスクをはずしましょう」

 

 昨日17日、ほぼ1か月ぶりに会社に出社した。コロナ禍による感染症対策とお盆休みが重なったためで、電車に乗ることが久しぶりの経験となった。

 

 私の場合、超時間差通勤で以前から6時頃には出社しているので満員電車とは無縁なのだが、帰りの電車はいつも通りの混み具合だった。もっともオフィスは普段の半分以下の人数しかいなかったが。

 

 ただ、7月までの街角の風景で変わったと思ったのが「マスクをしない人が散見されるようになった」こと。それまでは公共の場でマスクをしない人は恐ろしいほどの非難の目を浴びていたし、自粛ポリスと言う名の糾弾者までいたようだが、歩道を歩いていてもマスクをしていない人は確実に増えていると思う。

 

 この背景には2つの要因があるのではないかと個人的には考えている。

 一つ目は、依然として多数の新規感染者が報告されているが、国民がこの感染者数の連日の報道に慣れてしまったことで「マスク疲れ」を起こしている可能性。もうひとつは「熱中症対策」で、3密の状態でなければ「自己判断でマスクを外す」ような機運が高まってきたことだ。

 

 実際に、厚生労働省はWebサイトでマスク着用により、熱中症のリスクが高まりますとして、「熱中症を防ぐためにマスクをはずしましょう」というパンフレットを掲載している。

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 このパンフレットは6月に作成されたものだが、私の個人的な感覚では国民に普及し始めたのは、7月後半に入ってからではないだろうか。暑さが本格化してきたことでマスクの息苦しさに耐え切れない人が増えたためだろう。

 

 最近のマスメディアでは、猛暑日が増えたとか、各地で過去最高気温となった報道が目立つが、意外にも熱中症で救急搬送される人員は昨年の同じ時期に比べて半分程度に収まっている(下図参照)。もっとも昨年の猛暑が異常だったのかもしれないが。

 

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 とは言え、今週以降も猛暑日は多そうなので油断は禁物だが。

 

 個人的には、誰もが問答無用でマスクを着用させられる時期はとりあえず過ぎたように思う。私の場合は、外出時にはマスクを目立つように胸ポケットに入れているか、あごに掛けていつでも着用できるように周囲にアピールしているので、最近は非難の目で見られることは減った(気がする)。

 

 また、ジョギングや自転車で移動中にマスクを着用している人を見かけるが、こうした行為は呼吸を困難にし、かつ熱中症のリスクを高めるようなもので「百害あって一利なし」だ。運動は健康のためであって、体調を崩すのでは本末転倒である。

 

 今回のコロナ禍では何よりも、個々の判断でマスクの着用を決められるようになったという「意識の変化」の意義が大きいと思う。一時期は50枚で5000円以上した不織布マスクも今では1000円以下も珍しくない。しかも国内メーカーが本格生産に乗り出しており、外国製を中心とする乱造品・粗悪品は市場から駆逐されるだろう。繰り返し使えるマスクが普及し、デザイン面でもファッションの一部になってきたこともマスクへの抵抗感を弱める観点からも良いことだ。

 

 今後注意すべきは新規感染者数がさらに増加し、重傷者、死者が増えてきた場合、以前のように全員が感染回避のためにマスクを着用する機運が高まるかどうかだろう。

 マスクを「したい・したくない」ではなく「すべきか、必要ないか」という本来の判断基準に個々が戻せるかどうか、日本人の社会通念上の良識が問われるのはこれからとなりそうだ。

東久留米市の「障害者がいどぶっく」への対応を考える

窓口では「本人以外には渡せない」、その後「謝罪文」が届く

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 私の知り合いに精神疾患を患って、障がい者手帳の申請を考えている人が東京都の東久留米市に住んでいるのだが、気力・体力の低下で本人が市役所に行けないため、私が本人に替わり担当窓口に行って、障がい者向けの支援策などが書かれている「障害者がいどぶっく」を受け取ることにした。

 当然ではあるが、事前に市役所に問い合わせて窓口で受け取れることは確認している。以下は当日(7月13日)の担当部署である障害福祉課の担当者とのやり取りの主要部分。

 

 私:知り合いの市民が障がい者手帳の申請をするので、こちらで配布している「障害者がいどぶっく」が欲しいのですが。できれば参考までに私の分と含めて2部。

 窓口の若手職員:わかりました。少々お待ちください。業者の方ですか?

 私:いえ友人の代理で、個人です。

 ―――職員が奥に引っ込んで、替わりに上司思われる女性が窓口に来る

 女性職員:「障害者がいどぶっく」は障がい者手帳の申請者本人が手帳を受け取るときに渡しているので、それ以外の方にはお渡しできません。

 私:その理由を教えてください。

 女性職員:手帳の所有者以外の方に渡すと「障害者になるとこんな支援策がある」などと障がい者以外に吹聴されてしまうからです

 私:私はそんなことをするつもりはないし、事前にこの部署に電話をかけて窓口で受け取れることは確認しているのですが。

 女性職員:(沈黙後)そうですか。では1部ならお渡しできます。

 

 市役所の1階中央部に近い受付窓口なので、会話は他の市民の人たちの耳にも入っていたかもしれない。

 そもそも、市民に一般公開されている「障害者がいどぶっく」を知り合いに替わって受け取るにあたって、初対面の人を「他者に不用意に情報を吹聴する可能性がある容疑者扱い」するというのは如何なものだろうか。

 

 これは個人的な感想だが、担当の女性の私を見る目はいかにも「この人は信用できない」「できれば資料は渡したくない」という雰囲気が蔓延していた気がする。こちらの心境としては「容疑者」と言うよりは「犯罪者」扱いされている感じだった。

 

 その場は、とりあえず「障害者がいどぶっく」1部を受け取って引き上げたが、窓口の担当者の対応があまりにもひどく、納得できなかったのでその日(13日)のうちに市役所の「ご意見箱」に今回の窓口でのやり取りと、市役所の考え方を確認する文書を提出した。

 

 その後22日になって市役所からメール送信されてきたのが、以下の文書である。なお一部はプライバシー保護などの観点から消去している。

   

            

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 文書を読む限り、担当課長(実際は実名)という責任者からの正式回答であるうえ、「謝罪の意志」、「障害者がいどぶっくの位置づけ」、「今後の対応策」が具体的に明記されており、これはこれで誠意ある市役所の対応として評価したい。

 ただ事実確認や文面調整などに時間手間取ったのかもしれないが、こちらの連絡から9日もかかったことや、4連休直前のしかも夕方(18時)に送信してくるという事実を考慮すると、まだどこか役所体質が感じられると言えなくもない。

 

 さて、これを受けて私の見解だが、正直に言えばまだ役所の回答を信じてはいないということになる。

 厳しい言い方になるかもしれないが、責任者の正式文書とは言え「文言では謝罪、反省の態度は何とでも表現できる」のである。肝心なのは、実際に窓口の担当者の意識・態度が変わるかどうかだ

 

 今回の市役所からの資料は、当事者である知り合いにも当然ながらメール転送している。本人には「市役所に行く機会があったら、障害福祉課の窓口で担当者の態度を確認してきてほしい」と伝えてある。

 

 おそらく近い将来障がい者手帳の申請をするだろうから、市役所の窓口には出向くことになるだろう。

 東久留米市役所から届いた文書の末尾にある今回のご指摘を踏まえ、より丁寧な対応を行ってまいります」という言葉が本物かどうかは、知り合いからの報告を待って判断したい

 

 その報告の内容が、東久留米市と言う自治体の、現場レベルを含めた本当の「障がい者に向き合う」体質・本質を示してくれるはずだ。

東京の人気エリアは「ピラミッド型」から「前方後円墳型」へ

郊外の戸建てに人気が集まる傾向の強まりで

 

 新型コロナの感染で、在宅勤務・テレワークが一気に普及、新しい働き方として認知されるようになったことは間違いない。

 特に大企業のホワイトカラー(事務職)については、在宅でも十分仕事が可能との認識から、日立、富士通などが社員の大半をテレワークの対象にしたことは、大手メディアで大きく取り上げられたし、当ブログでも7月4日に「在宅勤務を元に戻すか推進するか。別れる大企業の経営判断」として紹介している。

 

 ちなみにブログでは、逆に社員全員を出社する体制に戻した伊藤忠商事について「総合商社大手といっても子会社などを含めれば、在宅勤務などにコスト面で踏み切れない中小企業との付き合いも多いはず」と書いた。

 17日の日経電子版には「伊藤忠、社員半数を在宅に 原則出社を転換」というタイトルの記事で「7月に入ってからは中小の小売店など営業を続ける取引先との円滑なコミュニケーションには出社が必要だとして、ほぼ全員が出社する体制に戻していた」とあり、私の見立ては正しかったようだ。

 

 さて、今回のテーマは「東京の人気エリア」。なぜ前振りで大企業のテレワークの話を書いたかと言うと、これらの企業がテレワークを前提とした働き方が前提となると、都心のバカ高いマンションに夫婦共稼ぎ世帯が35年のフルローンで無理して購入する必要性がなくなり、その需要は都心から離れた郊外に向かうと推測するからだ。

 

  具体的には、購入希望者の対象エリアは、都心3区(千代田・港・中央)を頂点にした「ピラミッド型」に集中していたマンション(特にタワマン)への人気が落ち込み、代わりに23区から東京市部までエリアが広がった「古墳型」、特に23区を円形、市部を角型にイメージした「前方後円墳」のような全体的に平たく広いスタイルになると推測する。

 

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 この動きはマンション評論家として有名な榊敦司氏が、7月11日にニュースポストセブンで「コロナ禍でミニ戸建が売れている理由 タワマン離れは加速か」という記事のなかで、「都市部や郊外の“ミニ戸建て住宅”の契約は伸びている」と指摘していることと一致する。また記事では「ミニ戸建てを購入する人は、広さと部屋数を求めているそうだ。やはりテレワークの動きと連動しているのだろう」とも指摘している。

 

 これを裏付けるデータもある。東京圏を中心に小規模戸建てを得意として手掛ける東証一部上場企業オープンハウスが7月10日に発表した「6月の戸建関連事業の業績動向について」によれば、緊急事態前言が発令された4月の仲介契約件数の前年同月比増加率はさすがにマイナス39.1%と急落したが、解除された5月にはプラス43.0%と反転、6月もプラス52.3%と業績を伸ばしている。これは新築マンションの販売がデベロッパーの供給件数の絞り込みで激減を続けるなかで極めて異例な事例と言えよう。

 大手デベロッパーが都心のマンションの供給件数を絞り込んだ結果、高止まりしている価格を見て、購入希望者が対象を「都心・タワマン」から「郊外・戸建て」に変化させている動きがあるのは事実のようだ

 

 実際、山手線の西側のターミナル駅新宿から中央線で30~40分程度のエリアである国分寺・立川でも、国分寺からの西武線支線の各駅からの徒歩圏や立川からのバス便圏であれば、新築戸建ての建売は4000万円台で十分購入可能だ。これは都心のタワマンを買う場合のおよそ半分の価格と見ていいだろう。

 これで100平米以上の土地(庭、駐車場付き)の物件が手に入るのである。しかも周囲には緑の多い公園なども配置されていることが多い。戸建てなので上下の騒音問題は起きないし、部屋数も4LDKはごく普通だ。細かい話だが2階建てならトイレも2つある。「勤務先への利便性」と言う項目を最優先にしなくなるだけで、これだけ住環境は良くなるのである。

 

 もちろん、都心のすべての企業が在宅勤務にシフトするわけではないし、会社の業務上都心にオフィスが必要な企業(中央官庁との関係が強い会社など)は、大手町など東京周辺にオフィスをいままでのように維持するはずだ。

 

 ただこれまでのように「何が何でも都心3区のタワマン」という購入希望者が減って、その視線が他の都区部や郊外に向かっているのは間違いなさそうだ。

 東京の不動産ニーズは明らかに「ピラミッド型」から「前方後円墳」型に移り始めている

マンション在庫事情を反映? SUUMOの完成済物件特集

供給激減の新築より一向に減らない在庫に注目

 

 新型コロナウイルスの影響で事実上営業が停止していた新築マンション業界も、感染防止策などを講じるという手探り状態ながら活動を再開しているようだ。

 もっとも以前のようにモデルルームに購入見込み客を集めて、物件を対面で売り込むという手法はつかえないので、ベルフェイス社のオンライン営業システムによる物件紹介などを手掛ける向きも出てきている。ただ、営業手法がこれまでとはかなり変わることで、まだ効果のほどは確認できていない会社が多いはずだ。

 

 数千万円の買い物をするのに「オンラインの画像」で決めるにはまだ買い手も慣れていないためだろうが、新築マンションの場合、基本的に竣工前に購入することが多いことを考えれば、「実物を確認できない」という意味では、モデルルームでもオンラインでも同じこと。時間が経てば顧客も馴染んでくるかもしれない

 

 こうしたなか私が毎号購読している駅ナカの新築マンションのフリーペーパーSUUMOだが、手元にある最新号「2020.7.7東京市部・神奈川北西版」を見て、「うーん。その手があったか!」と感心した企画があった。

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 それは16ページ目から4ページ掲載された「完成済マンション超リアル見学術」である。サブタイトルには「見て選べるから後悔なし!」とまで書いてある。この企画、内容も実践的で参考になるのだが、何故か表紙には「特集」としての記載がない。竣工前の新築マンション販売への影響を考慮したのだと思われる。編集部門もいろいろと関係各方面に配慮が必要なようで大変なのだろう。

 

 記事の詳細は実際に読んで頂くとして、最も参考になったのは「プライバシー」について。窓から室内がどう見えるかなど完成済物件ならではの内容は参考になるはずだ。

 

 今回の「完成済物件特集」は、SUUMOとしてはおそらく初めての企画ではないだろうか。背景には郊外を中心に竣工後も売れ残っている在庫が高止まりしていることがあるだろう。不動産経済研究所の首都圏のマンション市場動向によれば、2020年5月末の首都圏マンション販売在庫は7773戸。2019年5月末は7655戸だったから、100戸以上増えている。

 我が家の周辺地域を見渡しても竣工から1年が経過して売れ残った物件は数知れず、なかには2年以上経過したものさえある。ちなみに「住宅の品質確保の促進等に関する法律」の第二条第二項では、「『新築住宅』とは、新たに建設された住宅で、まだ人の居住の用に供したことのないもの(建設工事の完了の日から起算して一年を経過したものを除く。)をいう」と定義されており、竣工後1年経過すると「新築」とは言えないのだ。

 

 それはさておき、5月の新規販売戸数が393戸と前年同月比で82.2%も減少する(先の資料から)なかで、SUUMOを含めたマンション業界が、完成済物件の販売に力を入れざる得なくなったというのが、今回の特集記事の背景にあるのは間違いなさそうだ。

 

 これは個人的な意見だが、そもそも数千万円の買い物をするのに、実物を見ないで購入するという「青田買い」が当たり前の新築マンションの販売形態自体が、異様ではないかと以前から感じていた。購入時点で想定していたイメージと、実際の引き渡し時の物件の仕様がある程度異なるのは当たり前だからである。

 

 コロナ禍の影響で収入が減少する世帯が今後増えるのは確実、新築マンションの買い手が一段と慎重になるのは間違いない。在宅勤務の普及で都心のマンションへのニーズは減る可能性もあるし、郊外などへの住み替えに伴う中古物件の登録件数も増えそうだ。 

 「青田買い」から「実物買い」へと購入希望者の考え方が変わっていく可能性も十分にあると思うし、むしろ今回のコロナ禍を逆手にとって業界全体がその方向に転換していくべきだと思う

在宅勤務を元に戻すか推進するか。別れる大企業の経営判断

インフォーマルなオンライン職場を生かせるかがカギに

 

 ここ数日東京の新型コロナウイルスの感染者数が100人を上回り、再び感染が急拡大するのではないかとの懸念が高まっている。現状では都も国も再度の営業自粛要請は考えていないようだが、このペースで感染者が増加すれば何らかの対応は迫られそうだ。

 

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 さて今回のテーマは「在宅勤務」。緊急事態宣言の終了もあって6月以降、出社する会社員が増えて通勤電車もそれなりに混雑を取り戻しつつあるように見える。もっともコロナ禍以前の水準まで戻るかどうかは時期も含めてまだかなり不透明だろう。

 

 こうしたなか、「在宅勤務」を巡って、日本を代表する企業群の間で対応に差が出てきている。7月3日付けの日本経済新聞電子版に「伊藤忠は原則出社に 在宅ワーク定着の壁とは」というタイトルの記事が掲載された。

記事では「感染のピークがいったん過ぎた今、在宅勤務を継続するかどうか、企業の対応は分かれています」として、通常の出社に戻した例として伊藤忠商事やダイキン工業を、継続を決めた企業として日立製作所を紹介している。同じ3日の夕方に配信された「富士通、3年で国内オフィス面積半減 在宅勤務前提に」も日立と同じ立場の企業の紹介だ。 

           

 在宅勤務のメリット、デメリットは既に様々なメディアで報じられているので、ここでは総括的には触れない。記事では「在宅勤務下の『インフォーマルな組織』を活性化させられるかにかかっています」と結んでいる。

 これは簡単に言えば「リアルな雑談」などの場が失われることで、社員が自由で気軽な意見交換などがしにくくなり、現場の生産性が低下することを懸念していることを示している。

 

 また記事では、現在の大企業の経営陣は50から60代が多いため、若いころに会社帰りの飲み会などで「本音ベース」の意見交換をして、直接・間接を問わず仕事に役立った経験が強く意識されていて、在宅勤務への抵抗感が大きいのではないかと指摘しているが、これはほぼ正しい見方だろう。

 

 ただ、こうした考えに取りつかれている企業の将来は総じて暗いと言えるだろう。コロナ禍以前から「終身雇用」「年功序列」は崩壊し、若手社員は「会社の名前」よりも「仕事の中身」を重視するようになっていた。これが今回の新型コロナによる強制的な在宅勤務の実現で、さらに「自分の仕事の在り方」をより深く考えるようになったのである。

 

 具体的には、社内会議を仕切っていた肩書だけの部長の評価は大きく凋落、普段はあまり発言しなかった若手がデジタル環境への適応力の高さもあって、一定の存在感を示せるようになったのはその一例だ。大企業の場合、同じオフィス内でも階が違ったり、場所が遠いと数名で話をするにも、事前の調整が必要なケースが多かったが、在宅勤務ではMEETやZOOMなどで簡単に打ち合わせが可能になった。

 自分の意見やアイディアなどを気軽に関係者と交わすことで、仕事の範囲や可能性が広がったのだ。

 

 もちろん対面で話をすることで、他愛のない雑談から「何か」を得るというメリットがあることは否定しない。特に年配の人から有益な情報を引き出すには、直接会って話をする以上に効果的な手段はないだろう。だが、失礼かもしれないがこういう人たちは既に「過去の人」になりつつある。会社組織のデジタル化が急速に進み、情報の共有が優先される中で、個人が抱え込む情報の価値は一部を除けば低下せざるを得ないからだ。

 

 その意味では、総合商社で学生の人気ナンバーワンの伊藤忠商事が「通常勤務」に戻したというのは意外だった。ただ経営陣も単に「元に戻したい」という発想からではないだろう。個人的には、周囲が在宅勤務を推進するのとはあえて反対の立場を取ることで、顧客との繋がりを一段と強めたいという意図があるのではないかと推測する。

 総合商社大手といっても子会社などを含めれば、在宅勤務などにコスト面で踏み切れない中小企業との付き合いも多いはず。他社が在宅でデジタルな仕事を進めるのとは真逆に、アナログな人的な繋がりを強化するというのはひとつの経営判断ではある。

 

 ただ、携帯電話があっという間にスマホに置き換わったように、在宅勤務という新たな仕事の進め方が世の中に周知されたことで、導入コストなどの障壁が下がれば、「定時出社」「通勤地獄」といったサラリーマンの典型的な仕事ぶりは中小企業を含めて大きく変わる。

 

 このように激変する環境下で、いかにして「インフォーマルな組織」の特性を生かすかが、企業が生き残るための生命線となるような気がする。

増加傾向のアルコール依存症、回復には「断酒」しかない理由

「節酒」では、まず間違いなく失敗する

 

 昔は「アル中(アルコール中毒)」と呼ばれた大酒飲みは、今は「アルコール依存症」と呼ばれている。要するにギャンブルと同じで「『なし』ではいられない依存体質」だからだろう。

 

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 さて、今回のテーマはこの「アルコール依存症」である。今回のコロナ禍で在宅勤務になったり、仕事が減ったりして家にいる時間が増えて、手持ち無沙汰から酒を飲む機会が増えて、依存症になりかけている人が増加しているらしい。

 実は私も10年以上前まで浴びるように酒を飲んでいて、γGTPの値は2000を超えたこともあった。同じ酒飲みでも私の場合は「自宅飲み」がほとんど。帰宅後は毎日缶酎ハイの500ml缶を5本は軽く飲んでいた。そのあとは寝るまでウイスキーをボトル半分ぐらい。休日ともなると朝からビールを飲み始めて、食事もしないで夕方まで飲み続ける日も少なくなかった。

 

 さすがに欠勤など会社に迷惑をかけることはなかったが、午前中は仕事にならなかった日が多かった気がする。周囲の職場の人たちは私の酒の飲みすぎに薄々感づいていたとは思うが・・・

 

 ちなみに現在まで10年ぐらいは一滴もアルコールを飲んでいない。正確に止めた日を覚えていないぐらい前から断酒している。断酒に成功した理由を結論から先に言うと、「本人に止める意地(意志ではない)がなければ断酒できない」し、「節酒ではまず成功しない」と思った方がいい。これは依存症の経験者本人が行っているのだから間違いない。

 

 また、最近のアルコール依存症に関する記事で目立つのが「いきなり断酒は困難だから節酒から始めましょう」という内容。例えばAERA.dotの6月28日付けの記事「断酒は無理…酒好き肝臓専門医『1週間の総量規制で楽しんで』」などがそれに該当する。

 記事の趣旨は、1日20グラムのアルコール(ビール中瓶1本)に限定すれば身体への影響は避けられる、1週間で140グラムと言う「総量規制」でも構わない、としている。

 

 過去に大酒を飲んでいた人間から見れば、1日ビール中瓶1本で収まるぐらいなら、とっくに酒を止められている。かく言う私自身「節酒」から始めようとして何度も失敗している。飲み始めて途中でやめるぐらいなら、最初から飲まない方がずっと楽なのが実態なのだ。

 

 私は本格的に酒を止めようと思ってアルコール外来に行ったこともあるし、そこで紹介された断酒会やAAにも数カ月通ったことはある。そこで出席者から必ず聞かされることになるのは「ちょっとなら大丈夫」と思って飲み始めたら、いつの間にか止められず元の状態に戻っていた、という体験談だ。

 

 アルコール依存症もしくはその傾向があると思っている人は、アルコールに向き合う姿勢を「一生ここままでいい」とするか「絶対に断酒する」と誓うか、どちらかはっきりと決めた方がいい。「節酒」と中途半端は行為は、私に言わせれば「断酒」より困難で効果も限定的なものだ。

 

 では、どうやって「断酒」するかという話だが、これは言葉にすれば簡単だが「1日1日の積み上げ」しかあり得ない。「なんだそんなことか」と思われるのも無理はないと思う。実際に私もそのような虚しさを感じたのは事実だ。

 

 ただ考えてみてほしい。例えばギターやピアノなど楽器を趣味としている人は、数日の練習で演奏できるようになっただろうか。コードや指使いをイチから覚えて、日々の練習の積み重ねの結果、数か月経ってようやくサマになりかけたといったところではないだろうか。

 

 「断酒」も同じである。「今日1日断酒できた」という事実の積み重ねが結果として、長期の断酒に繋がっていくのだ。個人的な経験から言えば、確かに断酒を初めて1週間ぐらいは寝付けないし、寝汗はかくし、イライラ感は収まらないし、と精神的にかなり堪えるのは事実だ。ただ、これを乗り越えるとアルコールがない生活がごく普通になってくる。

 ただし、半年ぐらいは飲み会や宴会などには顔を出さない方がいい。アルコールとの接近は無用なリスクになるだけだからだ。もっとも最近は新型コロナの影響で、こうした会合はないだろうが。

 

 先にも書いたが私は断酒して約10年が経過している。こうなるともう誰も酒を勧めてこないし、当然ながら飲みたいとも思わない。昨年暮れにある趣味の団体の忘年会に参加したが、参加者のほぼ全員が酔っ払っていたなかで、私だけは最後まで悠然とウーロン茶を飲み続けていた。もはや達観の境地といってもいいだろう。

 

 最後に参考までに私が断酒するきっかけのひとつになった本を紹介したい。それは「禁酒セラピー」(アレン・カー著)である。アルコール依存症に関係する人たちの間ではかなり有名な本なので知っている人も多いとは思うが、読んだことのない方は一読されることを勧める。

 内容が参考になるのは事実だが、それよりも冒頭の「この本を読み終えるまでお酒は止めないでください」という書き出しが面白い。

 

 繰り返しになるが、アルコール依存症から脱したいなら「節酒」ではなく「断酒」しかない。節酒を勧める論調が昨今急速に増えてきたのは、「断酒」では病院の外来に来る人が限られるので、「節酒」という手法で治療のハードルを低くすることで、より多くの患者を呼び込みたいという医療関係者の思惑が働いていないとは言い切れないと思う。

 

 結局、アルコールの罠から抜け出すのに、「楽な方法」や「近道」はないのだ。