貧困を救えない国 日本
2018年10月20日
本書は「貧困」をテーマにした識者2人の対談である。
阿部氏は、米MIT卒業後ODAなどで貧困問題に携わったことはあるが、現在は貧困や社会保障を専門とする
首都大学東京の教授である。
一方の鈴木氏は、自身が脳梗塞による障害者であり、貧困問題を抱える障害者の側に立った現場での取材・
執筆を続ける文筆家である。
このように「貧困」という共通の問題意識を持ちながら、まったく経歴や立ち位置の違う専門家2人の対談
このように「貧困」という共通の問題意識を持ちながら、まったく経歴や立ち位置の違う専門家2人の対談
なのだが、これが実にうまく「噛み合って」おり、参考になり、勉強になる。
テーマは「メディア」「政治」「財源」など多岐に渡るのだが、お互いに相手の立場や専門分野を尊重し、
自分の意見を披露しつつ、不得手な部分は率直に相手の意見を引き出すという姿勢を貫いていることが奏功し
ているように感じた。
余談だが、学者である阿部氏が時折やや感情的な発言をするのに対して、様々な障害者や貧困の問題を知っ
余談だが、学者である阿部氏が時折やや感情的な発言をするのに対して、様々な障害者や貧困の問題を知っ
て現状に怒りを感じているであろう鈴木氏が、総じて冷静な対応をしているのが意外だった。
個人的な感想だが、本書を通じて2人が最も伝えたいのは、「貧困問題は自分自身の問題でもあるというこ
個人的な感想だが、本書を通じて2人が最も伝えたいのは、「貧困問題は自分自身の問題でもあるというこ
とを個々が認識しないと問題は解決に向けて動き出さない」ということだろう。
貧困をテーマにしたテレビや雑誌の特集を見た人が、「自分たちはまだ大丈夫だ」という安心感にひたり、
貧困をテーマにしたテレビや雑誌の特集を見た人が、「自分たちはまだ大丈夫だ」という安心感にひたり、
「この問題をどう解決すべきか」という話にまで発展しない、という主張には確かに否定できない側面はある。
もっとも問題解決の最大の障害は財源をどうするかだろう。社会保障を手厚くするにせよ、貧困問題の人材
もっとも問題解決の最大の障害は財源をどうするかだろう。社会保障を手厚くするにせよ、貧困問題の人材
育成をするにせよ、施設を拡充するにせよ、結局は「そのお金はどうやって工面する
のか」にかかっているからだ。
阿部氏は、消費税の引き上げで対応すべきとしている。低所得者への負担が高まるなどの批判を見据えたう
えで、高齢の年金生活者など所得税負担の低い人にも満遍なく消費税は課税されるという公平性の利点を挙げ
ている。税負担の逆進性については、国民一律の国民年金保険料よりも合理的だとしている。
個人的には、消費税よりも超高額所得者の所得税や相続税のアップの方が先だと思うのだが、阿部氏によれ
個人的には、消費税よりも超高額所得者の所得税や相続税のアップの方が先だと思うのだが、阿部氏によれ
ば課税ベースで見るとこの2つの税収は格段に低いらしい。
ただ、この2税を現状維持のまま消費税を上げるのでは、低中所得者を中心に国民の理解が得られないだろ
う。特に相続税については最近課税水準が引き下げられたとはいえ、究極的には相続人の努力(介護負担など
を除けば)に関係なく突如得られる「不労所得」の一種であり、一定水準以上は100%課税でも良いのではな
いか。ここまで課税すれば消費税引き上げへの逆風も多少は収まると思う。
あと気になったのは、鈴木氏が「経済成長を前提に未来を描く幻想が、日本の貧困の大きな理由」としてい
あと気になったのは、鈴木氏が「経済成長を前提に未来を描く幻想が、日本の貧困の大きな理由」としてい
る点。具体的には、マイホーム、新車、教育、一部の資格、ブライダル(結婚の披露宴費用)への出費を挙げ
ている。
不幸な家庭環境が原因で貧困に陥っている子供たちには、政府・自治体の積極的な関与が必要だとは思うが、
マイホームなどはいい年をした大人が自分の価値観で自ら背負い込んだ借金である。そもそも背丈に合わない
無理な買い物をしたという時点で完全な「自己責任」だろう。新車、ブライダルは言わずもがなである。
住まいは賃貸、車は持たないか買っても中古、披露宴はなし、という選択肢を取る人が少なからず存在する
ことがその証拠だ。身の程をわきまえている「大人」は、貧困を招くような無理な買い物をしないのである。
ある種の幻想というか理想をイメージさせて、買い手をその気にさせるのは商売するうえで販売テクニック
ある種の幻想というか理想をイメージさせて、買い手をその気にさせるのは商売するうえで販売テクニック
のひとつであり、強引な営業スタイルには当然問題はあるが、売り手には基本的に責任はないだろう。結果と
して貧困を招く主因は、冷静な判断能力を見失った買い手側にあるはずだ。
ありとあらゆる貧困の原因をすべて社会の責任にするのは、行き過ぎた「過保護」になりかねない。一部の
貧困問題の専門家がこういう発言をすることが、一般人の「貧困問題に距離を置きたくなる」という感情を引
き起こすという事情に理解が及ばないのは残念である。
最後に、本書の編集にあたっては一回2~3時間の対談を7回も行ったそうだ。文章量も330ページと新書
最後に、本書の編集にあたっては一回2~3時間の対談を7回も行ったそうだ。文章量も330ページと新書
にしては多い。
マスコミが伝える貧困報道の裏側や、精神疾患との関連、地方の貧困など、どのテーマにも新たな発見があ
り、これまで読んだ対談本のなかでは、貧困以外をテーマにした本と比べても相当に内容の詰まったもので、
読みがいがあるのは間違いない。
先述したような多少の疑問点はあるものの、中途半端なメディアの貧困レポートや考察本を読むよりは、本
書を読んだ方がよっぽど貧困の現状への理解が深まる点からもお薦めの一冊である。