如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

未来のAI主導のおカネの世界を具体的に解説。個人情報提供は不可避に?

 

AIが変えるお金の未来

坂井 隆之, 宮川 裕章 毎日新聞フィンテック取材班

2018年11月18日

 最近、AIをキーワードにした解説本が多数発行され、人気も集めているようだが、この本もその種類に入る
ことは間違いない。

 ただし、他の類似するタイトルの本と異なるのは、銀行、保険、仮想通貨などおカネに関する各テーマを別
々に章立てし、専門家や関係者の意見を交えてかなり具体的な近未来の予想図を描いていることだ。

 以下に各章のなかで興味深かった部分を抜粋してみた。

 第一章はAIによって個人情報が大量に集積、高度に分析されることで、「スコア・レンディング」と呼ばれ
る銀行による融資審査のモノサシとなる個人の信用情報が機械的に計算、構築されるという事実を説明してい
る。
 当然ながら、年収や仕事、家族構成などによってスコアは決まるのだが、本書ではみずほ銀行とソフトバン
が共同で始めた「Jスコア」を記者が実体験した内容を引き合いに出し、開示する個人情報の「質と量」が
増えるほど融資の金額や利息が優遇されるという実態を明らかにしている。

 ただ興味深いのは、このスコアが融資だけではなく、小売業者と提携して買い物やレジャーでのスコアに応
じた割引や特典を提供し、「最終的には個人が欲しい商品やサービスをタイムリーに提供する仕組み」(P23)
を目指しているという指摘だ。

 現在でも、Webサイトの閲覧状況に応じて関連する広告が表示される仕組みは存在するので、その発展形で
はあるのだが、より個人の属性や嗜好に特化したサービスとなると、その対象範囲が大きく精度が高すぎてち
ょっと想像できないという怖い側面はある。

 第二章のテーマは「銀行」。メガバンクなどが取り組む将来のサービスは具体的で興味を惹かれたが、個人
的な感想を言えば今年4月に出版された「銀行員はどう生きるか (講談社現代新書)」の延長線ともいえる内容
で、残念ながら特段目を引くような事実はなかった。
 
 第三章は「保険」。この章で参考になったのは、保険のリスクを突き詰めると「遺伝子の情報」の保険サー
ビスへの活用に行きつくという指摘。これは一見合理的な手法と言えなくもないが、個人ではどうにもできな
い「究極の差別」のようなもので、日本も含めて欧米でも遺伝子情報の保険分野への適用は禁じられており、
現実的ではない。ただ、将来に渡って可能性がゼロではないことは意識しておいた方がいいかもしれない。

 第四章は「仮想通貨」がテーマ。本書の基本的なスタンスは、個々の仮想通貨そのものには問題が多いが、
その仕組みを支えるブロックチェーン技術についてはその機能面を評価するというものだ。現在の仮想通貨に
対する世間の見方もこの傾向が強いと言えるかもしれない。

 ただ本書には記載がないが個人的には、近年ブロックチェーン技術を含めた仮想通貨に一貫して強い懸念を
示しているBIS(国際決済銀行)の姿勢が気になる。

 具体的には「金融システムの代替となるには不十分で、信用低下を招きかねないと懸念を表明」しているよ
うなのだが、世界60カ国の中央銀行が参加している国際機関のレポートだけに「金融業界寄りの立場」いう側
面はあるのかも知れないが、少なくとも無視できるようないい加減な内容だとは言い切れないだろう。

 第五章は「キャッシュレス」、第六章は「デジタル通貨」に関する解説。キャッシュレス世界については頻
繁にマスコミで取り上げられるが、デジタル通貨はあまり目にすることはないと思う。スウェーデンのeクロ
ーナ計画を例に出して、各国の取り組み状況を解説する部分は勉強になった。

 最後に本書では第七章で、AIを含めたフィンテック経済の本質は個人データの争奪戦だと論じ、京都大大学
院の依田教授の「まずは便利さを求めることと引き換えに、情報を他人に委ねているという強い自覚が必要だ」
というコメントを紹介している。

 これはまさに正論ではあるのだが、問題の本質は、委ねていることを自覚し問題意識を持っていたとしても、
世の中の仕組みが情報提供を前提に成り立つような世界となり、個々の抵抗レベルでは対応できないような状
況となった場合、どう対応できるのかだろう。

 高齢者や障がい者など明確な社会的弱者は当然ながら配慮されるだろうが、一般人は見た目の損得を考えれ
ば個人情報の提供を拒否することで、失う利便性や割引などの損失は想像以上のレベルになる可能性がある。

 情報開示の選択権を事実上失った世界を、人々が「時代の流れの結果」として自然に受け入れることができ
るのか、個人的にはまだ確証が持てないでいる。