如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

「値下げ」しても「値上げ」しても儲かる価格戦略のキモを紹介

 

なんで、その価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」

永井 孝尚

2018年11月20日

 「利益が出ない」ビジネス全般に対して、行動経済学に基づいて価格戦略の手法を解説する内容である。

 本書は2部構成になっていて、第1部の「値下げでも儲かるカラクリ」と、第2部「値上げしても爆売れす
るカラクリ」から構成される。ただし、その文章量は第1部の134ページに対して、第2部は73ページと大きな
差がある。

 これは、売り上げを増加させるには、「値上げよりも値下げの方が効果を見込める」という考えの経営者の
方が多いことを反映した結果だろう。

 もっとも、著者は第1章で「基本的に値引きはすべきでなく、高い価値を実現して高く売ることこそ価格戦
略の王道」としているのだが。

「値下げ編」でまず紹介されるのが、ミシュラン一つ星ながら激安の香港点心「ティム・ホー・ワン」と、ワ
ンコイン持ち帰り弁当の「旬八キッチン」の2店。

 共通するのは、どちらも素材コストを切り詰めたという事。点心屋はスーパーで買えるような食材を安く調
達、「技術と経験があれば、どんな素材でも味付けで美味しくできる」という戦略だ。

 一方の弁当屋は、青果市場では売れない規格外の野菜を農家から直接購入、通常の半値で仕入れているそう
だ。弁当向けなので加工してしまえば見た目は関係ない。

 また、この2店には「高級食材を使わない」「青果市場から買わない」という「やらないこと」を明確にす
るという点も同じだ(P53)。やりたいことは分っている経営者は多いだろうが、やらないことを決めるのも
同じくらい重要なのだ。

 一見同じように見える低価格戦略でも、失敗例として挙げるのが「大塚家具」だ。売れないから値下げをす
ると特売期間中は客が集まるが、定着はしないうえこれまでの優良顧客まで離れてしまった。著者が指摘する
ように「コスト削減なき値下げは(続けざるを得なくなる)麻薬」(P66)なのだ。

 その他にも、女性向けの婚活パーティーなど無料のビジネスモデル、dマガジンなどのサブスクリプション
モデル、販売実績によって価格を変動させるダイナミック・プライシングなどが紹介されている。

 一方「値上げ編」で紹介される手法は、「お客さんが必要として、ライバルが提供できない、自分だけの価
値」である「バリュープロモーション」戦略だ。

 具体的には、「コピ・ルアク」という一杯3000円もするコーヒー。これは何とジャコウネコの糞から生成す
るのだが、その希少性が評価されているという。また、4万5000円もするダイソンのヘアドライヤー、一本
1250円のカレー専用スプーンなどもそのオリジナリティが売りだ。

 ここで重要なのは「高ければいい」という単純な話ではないということ。「必要なのは値ごろ感」(P201)
なのだ。

「高すぎて買えない」例として、相場の10倍の超高級調理マシンや初期のスタディサプリ(授業配信アプリ
で月額5000円)を、「高いけど、さすがだ」と認知され売れた商品としてソニーが1979年に発売したウォー
クマンを挙げている。

 また、第9章の「顧客ロイヤルティ」に関する記述も面白い。

 米国のウォッカ最大手「スミノフ」を手掛けるヒューブライン社は、ライバルのシーグラム社から「スミノ
フと同等品質で1ドル安い新商品」で攻勢を受ける。この時ヒューブライン社が打って出た戦略は、スミノフ
を1ドル値上げ、対抗ブランドとして同じ価格と1ドル安いという2つの新商品の展開だった。

 結果はヒューブライン社の圧勝。スミノフはシェア1位を維持し、安い新商品も2位を獲得したそうだ。

 この背景にはスミノフが高いブランドイメージを持ち、顧客が「価格」ではなく「価値」を評価して購入し
ているという構図がある。だからこそライバル社の低価格商品の攻勢に、「値上げ」で対抗できたのだ。

 最後に、著者の本音を要約すると「値引きは最終手段」(P148)だということだ。多くの企業は、販売量を
増やしたり、コスト削減には熱心だが、「ビジネスで儲かるかどうかは価格戦略次第」(P34)なのである。

 確かに最終的には価格競争という消耗戦になりがちな値引きよりも、確実な利益を見込める高価格商品を展
開した方が、競合も少なくビジネス面では有利だろう。

 ただ、その価格をどうやって十分に利益を確保しつつ「値ごろ感」にあるものにするかは、第2部第8章で
も触れているが、なかなか難しい問題なのは確かだ。