如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

文学博士、老後の「おカネ」を語る。お薦めは株式投資

 

お金の整理学

外山 滋比古

2018年12月1日

 英文学の博士号を持ち、お茶の水女子大の名誉教授である著者が、シニア層に向けて「おカネ」との付き合
い方をアドバイスする本である。

 全6章189ページから構成されるが、本書の最大の特徴は、第5章から最後までの61ページ、全体の約3分1
が「株式投資」に関する内容で占められていることだ。

 著者が今年夏の週刊ポストのインタビューで「知的な関心事として、高齢者は株投資をやったらいい」と発
言したことで、周囲から「自分で株を買ったなんて話をする気がしれない」などと叱られたらしいが、この背
景には「高等教育をきちんと受けた知識人ほど『株はよくないものだ』と思いたがる」(p131)という傾向
が世間にあるのは、間違いなさそうだ。

 著者の言うように、「株式投資はギャンブルとしての面白さに加え、情報を集めたり、自分で考える」とい
うメリットがある。

 個人的には、脳機能の老化防止のためにも、老後資産運用の手段のひとつと考えるべきものだと認識してい
るので、株式投資の普及には賛成の立場である。

 ただ、1970年代以降のドイツが、個人の株式投資に大胆な税優遇策を実施して普及させたのに、日本では昔
ながらの貯蓄に頼りきりだった、と著者が「日本人の思考力が足りなかった」ことを株式投資が普及しなかっ
た理由に挙げているのには異論がある。

 この指摘は間違ってはいないが、解説としては不十分だ。というのも、ほんの20年ぐらいまで証券会社の支
店営業は「顧客に頻繁に株式を売買させて委託手数料を稼ぐ」のが仕事であり、本部が決めた「推奨銘柄」の
株式で、各支店が割り当てられた手数料ノルマをこなすのが証券マンの最優先事項だった。

 こうした顧客の都合よりも、支店の利益優先の強引な営業スタイルが長く続いたことで「株屋は信用できな
い」という認識が広まり、深く定着したのである。しかも営業マンは効率優先で大口の投資家を丁重に扱い、
百万円程度の取引の顧客を「ゴミ」呼ばわりしていたことも個人の反感を買った。

 現在では株式投資を「する」が一般的な表現になったが、つい最近までは競輪、競馬と同じで株は「やる」
ものだった。世間ではその程度の評価しかされていなかったのである。

 最近でこそ、NISAやジュニアNISAのほか、確定拠出型年金(401K、iDeCo)などの税制優遇策で、個人の
株式や投資信託に対する抵抗感は薄らいできているが、一方で金利低下で本業に苦しむ銀行は「手数料の高い
投資信託」などを窓口で販売することで利益を稼ぐ傾向にある。

 退職金を狙った「高金利の短期定期預金」と「投資信託」のセットが定番商品らしいが、商品設計を見れ
ば、大半は投信の手数料が定期預金の利息を上回り、損をする仕組みになっている。証券会社に比べて社会的
な信用度が高い銀行が手掛けるだけに、考えようによっては「より悪質」かもしれない。

 最後の章で著者は、自分の経験を引き合いに出して株式投資の実践法を紹介している。すでに60年近い投資
歴があるそうなので、もはやベテランの域には達しているのだろうが、株式投資初心者にとってのアドバイス
としては「あくまでボケないための頭の体操」ぐらいに捉えた方がいい。

 具体的な内容は分かりやすいし、情報の収集や取扱い方法もツボを押さえているのは確かだが、これはあく
まで「著者の投資スタイル」である。株式投資では、自分に合った投資手法を見つけることが最も重要なのだ。

 その意味では、本書は株式投資の入り口の紹介としては有用だと思う。ただ、実際に投資するにはネット証
券の活用や口座、税制面などで知っておくべきことは他にもあるので、株式投資の実践方法を詳しく解説した
本を読んだ方がいい。

 著者は30歳から株式投資を始めたことをやや誇らしげに明らかにしているが、これは株の世界では特段自慢
できるような早いデビューではない。むしろ遅すぎるぐらいだ。まあ60年前という時代を考慮すれば、当時の
「学者」世界では相当先進的ではあっただろうが。

 ちなみに私が株式投資の勉強を始めたのは小学5年生、11歳の時である。市立の図書館で「株式投資ABC」
という本を借りて、受付の女性に「小学生が株の本なんか読んではいけない」と叱られた記憶がある。中学生
の頃には技術者でお金に疎かった父親に銘柄アドバイスをしていたし、大学の学費の半分は株式の売買益で稼
いだ。

 30歳での株式デビューは文学を研究する学会では珍しいのかもしれないが、株式投資の世界は年齢層という
点では、学者など研究関係者が集う世界よりずっと裾野が広いのである。

【追記】
 本書のテーマは様々な分野での「おカネ」だが、もうひとつ共通するキーワードがある。それは「思考」だ。

 第二章で、知識は「他人がすでに考えた結果」であり蓄えるほど自分では考えなくなるという「思考を妨げ
る弊害」を指摘している(p49)。

 第三章では、徳島県上勝町の事例を紹介。高齢者がパソコンを駆使して「実験と思考」の結果、料理のツマ
として野草を使った「葉っぱビジネス」を起こし、年間数億円の規模になっているそうだ(p66)。

 第四章の趣味をビジネスにする話でも、失敗のリスクを伴う実験の機会があるからこそ、「思考が生まれ」、
新しい知識が身に付くとしている(p104)。

 第五章、最終章の株式投資については引用するまでもないだろう。

 本書のタイトルは「お金の整理学」で、その具体的な整理方法が数多く紹介されていて参考になるのは確か
だ。
 ただ、著者が最も伝えたいのは「方法の実用性」ではなく「思考の重要性」だろう。

 新聞、テレビに代表される有力メディアの影響力が低下し、ネット環境の充実で、フェイクニュースが流れ
たり、自分が望むような情報だけを選別して見るような時代だけに、「自分の意志で価値判断を下すための思
考力」はこれまで以上に欠かせなくなるはずだ。

 その意味で、「株式投資が思考力の強化になる」という著者の主張には、全くもって同意したい。