如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

「参考」にはなるが「絶対」ではないかと

 

定年破産絶対回避マニュアル

加谷 珪一

2019年3月20日

 最近よく見かける「老後」「定年後」のおカネをテーマにした対策本である。
  
 タイトルには定年破産の「絶対回避」とあるが、著者が第五章で「未来のことについて『絶対』と言い切る
のは、知的論議として、あまりにも乱暴だと思う」(p121)と述べているのと矛盾するのではないか、とも
思うのだが・・・まあここでは深く追及しないでおく。

 経歴によれば、著者は野村證券グループのファンド運用に携わった経験があることが影響しているのか、第
一章と第二章では資産運用として株式投資を勧めている。

 その基本スタンスは、国内外の株式への長期投資で、この考え方自体は至極まっとうな意見である。私自身
30年以上の株式投資歴があるのだがこの考えには賛同したい。
 
 ただ日本株について、iDeCoと積立NISAを推奨しているのだが、これにはやや疑問がある。

 まず会社員の場合、会社が「確定拠出年金」に加入していると、iDeCoには重複加入できない。この段階で
対象者が、基本的に国民年金の第1号もしくは第3号の被保険者に限られてしまう。とは言え、会社型の確定拠
出年金制度があって、実際に加入している人の比率はまだかなり低いのは事実なのだが。

 次に積立NISAだが、本書にもあるが投資対象が投資信託に限られるうえ、その本数も最大で一社35本まで、
積立NISA全体でも200本程度に過ぎない。非課税期間は20年と長いが掛け金は年額40万円までで、総額でも
800万円が上限だ。

 第一章の末尾にある「実際に銘柄を購入して、値上がり値下がりを実体験することは投資本を10冊読むより
良い」という趣旨に沿うならば、選択肢の限られる積立NISAの投資信託よりも、通常のNISAで自由に個別銘
柄などに投資した方がいいだろう。

 通常のNISAの非課税期間は5年だが、年間120万円まで投資できるので総額は600万円と積立NISAに比べて
格段に差があるわけではない。しかも投信よりも個別株の方が総じて値動きは大きいので、値上がりした銘柄
を益出しすれば、その分5年後に新たな投資枠も得られる。

 第二章のテーマであるグローバル投資についても一言。著者は顧客層の厚みという観点からネット関連では
「楽天」よりも「Amazon」、建設機械では「コマツ」よりも「キャタピラー」を推奨している。

 これは投資手法としては間違っていないが、海外の個別株に投資するには日本株以上に知識が必要になるだ
ろう。財務諸表などの開示資料や関連ニュースも基本的に英語なわけで、株式投資の初心者に海外銘柄の分析
を任せるのは荷が重いはずだ。

 個人的には、海外株投資ではインデックスファンドをオススメする。日本株ファンドに比べて手数料が高い
と思われがちな海外株ファンドだが、ちょっと探せば米国株でもアジア株でも信託報酬が年率0.1%以下のファ
ンドは存在する。

 他の章で面白いと感じたのは第三章の「マイホーム」。住宅を購入するのは貸借対照表(B/S)の資産に相
当する「投資」であり、賃貸するのは損益計算書(P/L)の費用に相当する「消費」だという指摘は、よくある
「購入・賃貸どっちが良い」という論争の問題の本質を突いた鋭い指摘だと思う。

 要するに考慮すべきポイントは物件の「収益力」であり、投資収益が維持できるのであれば「購入」すれば
よく、収益面のリスクが大きいならば「賃貸」が望ましいという理屈には、なるほどという説得力がある。

 読後の率直な感想を言えば、他の老後のマネー対策本に比較して、「絶対」に優れているという内容までで
はないと思うが、ちょっと変わった視点から資産運用などを検討してみたいと思っている人には、「参考」に
なる内容も多いのではないだろうか。