如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

挫折を知るからこそ、強く、勝てる存在に

 

競輪選手 博打の駒として生きる

武田豊樹

2019年4月11日

 通算10人目となる獲得賞金15億円を達成した超一流の競輪選手・武田豊樹氏の競輪に対する思いが書かれ
た本である。

 デビューが29歳というプロの競技選手というのは他にまずいないと思うのだが、そこから一気にトップに上
り詰めるまでの過程を含めて、幼少期の体験なども包み隠さず本音ベースで話してくれていて、著者は実力や
人気を驕らない「人格者」であることがよく分かる。とにかく文体などから「真面目」がにじみ出てくるのだ。

 獲得タイトル数などから見る限り、埋もれていた才能が自転車で開花したのではないかとも思うのだが、本
人は才能ではなく、努力の結果だと信じているようだ。

 確かに競輪デビューまでの出来事を読むと、恵まれない経験も数多い。スピードスケートの実績を買われて
王子製紙に実業団メンバーとして入るも成績は低迷、その後自転車に転向を決意するも日本自転車学校には不
合格、その後28歳という年齢制限ギリギリで合格するも、プロデビュー戦では決勝で落車、右鎖骨骨折という
結果に終わっている。

 ただ、挫折して心が折れそうになっても自分を信じて練習・努力を続けたことで、選手として強くなり勝て
るようになったのは間違いないだろう。
 
 著者は、競輪選手として実力は十分にあるのに勝てない人は、レース本番で緊張して力を発揮できないから
だと解説しているが、これは的を得た指摘に思える。

 というのも武田氏は、少年時代スピードスケートの世界選手権などの大舞台で優勝を数多く経験しており、
レース本番で精神状態をコントロールするテクニックに長けている分、他の選手より展開で優位に立てるはず
だからだ。

 もっとも1人の競輪ファンから見ると、選手は年間何十レースも走るのにいつになっても緊張がほぐせない
というのは、実力うんぬん以前に「プロとしてどうなの?」とも思えるのだが。

 あと本音ベースとはいえ、過去に一度「意識的に無気力でレースに臨んだこと」(p105)があったと告白
しているのには驚いた。練習を頑張らなかったらどうなるのか試したかった、とのことだが超一流の選手でも
こういう行動をすることはあるらしい。ちなみに、さほど緊張しなかったので、レース結果も「そんなに悪く
なかった」というオチまで付いている。

 またとても参考になって面白かったのが、他のトップ選手との交流について。すでに引退した鈴木誠選手や、
グランドスラマーにして現役の神山雄一郎選手、他にも村上義弘選手、平原康多選手も登場する。レース以外
の選手の立ち振る舞いなどは一般のファンにはうかがい知れないことだ。

 競輪関連で参考になった本としては昨年出版された「競輪文化」があり、客観的な競輪の歴史を知るには良
書だと思う。一方、本書は現役の競輪トップ選手が選手目線で主観的に書いたもので、別の角度から競輪を知
るうえで貴重な本と言えるだろう。
 
【追記】
レース残り一周半で鳴る「打鐘」について。これをきっかけに車券を買ったファンは一気に盛り上がるのだが、
実際には選手は聞こえていないらしい。レースの仕掛けが早くなったことで、打鐘時点でトップスピードに近く、
風切り音の影響が大きいほか、位置取りなどのレース展開に集中していて鐘の音には気が付かないそうだ。