1本5000円のレンコンがバカ売れする理由
野口 憲一
タイトルを見て「いわゆる価格戦略のマーケティング本ね」と思った人には「半分当たっている」と言っておく。
というのも、もう半分の中身はまさに本書のテーマであるレンコンらしい「泥臭い試行錯誤の体験談」だからだ。
マーケティング本というと、カタカナ言葉でテクニックを駆使し、スマートな戦略手法を解説するというイメージを個人的には持っている。もちろんこの本にもそういった商品戦略の内容も含まれるが、キモとなっているのは、まともな社会人経験もない民族学者が、先祖から引き継いだレンコン事業を1億円ビジネスに育て上げた過程である。
500万円を投じて展示会に参加するもレンコンは1本も売れず、知名度アップのためテレビ局の意向に積極的に忖度して番組に協力、名前が知られ始めたところで同業の有名人とイベントを企画、やっとのことでビジネスの機運が見えてくる。
目指すレンコン事業が成功したのは「安売りをしなかったから」と解説しているが、その根底にあるのは「信じる価値をどのように社会に認めてもらうか」という信念だろう。
また本書で印象に残るのは、著者が進めようとする新たな販路開拓などを父親がことごとく否定、殴り合いに近いような罵倒合戦が何度も繰り広げられること。
この部分だけ読むと、頭の固い頑固おやじが息子の仕事にケチをつけているだけに見えるが、実はこの親父さんこそレンコン栽培に促成栽培技術を真っ先に導入するなど根っからのレンコン農家で、「レンコン愛」に満ちているのである。
著者が猪突猛進型で自分の信じたことを突き進むタイプであるのは容易にわかるが、親父譲りの性格が結果として「こだわりのレンコン事業」として成功要因になっているのは偶然ではないだろう。
もっとも「品質は信用、数は力」という親父さんの言葉を支えにするというビジネスに対する冷静な側面も持ち合わせている。
最近は、ドローンなどの新技術を積極的に取り入れる「スマート農業」がキーワードのひとつになっているが、著者はこういった生産性一辺倒の農業には否定的だ。
余計な設備投資をしなくても利益を上げられ、なおかつ、時には汚れ、つらい仕事でもある「ありのままの農業」こそがスマートだ、という社会を作らなければいけない(p158)という言葉に著者の本音が凝縮されていると思う。