定年をどう生きるか
岸見一郎
これまで何冊か定年後の生き方をテーマにしたシニア本は読んできたが、どの書籍とも方向性というかアプローチの方法が異なるという点では、異色の内容である。
「はじめに」にあるように、定年を「人はなぜ生きるのか、どう生きるのかという哲学の中心的なテーマについて考察いている」点で他の定年本とは異なる、と説明している。
第二章では、定年で仕事を失って焦りを感じる人には「生きていること自体が働いていることであると考えれば、定年後も仕事をしていないということにはならない」(p67)と指摘をしている。
言い換えると、「自分の価値は何かをしていることではなく、生きていることにある」(p95)ということだ。
仕事一筋で定年を迎えたオジサンが「あなたは生きているだけで価値がある」と切り出されても、「ハイ、そうですか」とは納得できない人も多いと思うのだが、著者によればこの発想の転換は不可欠のようだ。
また著者は、定年はそれまで「上下」が中心だった対人関係を「対等」なものにするいい機会、とも指摘している。
こちらについては私も、定年は会社組織での立場を捨て去り、個としての社会的な立ち位置を再確認・再設定すべきだと思っているので、同意したい。
ただこの話の延長線で、第四章の「他者を愛し始めることによってのみ、自己中心性から脱却し、そこから解放される」(p156)とまで発展すると、さすがに私には付いていけない。
こうなるともはや「精神論」というか一種の「宗教」ではないだろうか。
続く第五章では、「生きることについては、善悪無配ではなく、絶対の善とするべき」(p178)とまで言い切っている。
正直ここまでくると「もういいや」となったのだが、第六章では具体的な定年後の日々の過ごし方という、一転して実用的な内容となる。例えば「料理」「読書」などの効用を説いている。これが意外に読ませる話なのである。
というわけで、巷の定年本とはかなり趣旨の異なるのは確かで、好き嫌いはかなり分かれると思う。個人的には共感できない部分もあったが、たまにはこういう新たな視点の定年考察本に触れるのも悪くないとは感じた。