如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

音楽プロデューサーの語る創造的定年後のススメ

定年クリエイティブ - 60過ぎたら創作三昧 - (ワニブックスPLUS新書)

中島 正雄

 

 学生時代から音楽に携わり、その後も音楽制作会社などで様々な音楽活動を仕事にしてきた著者の「定年後人生のアドバイス」である。

 

 タイトルに「クリエイティブ」とあるように、著者が推奨するのは専門分野の音楽に限らず、「自分で、自分なりの『価値のあるもの』を作る出すこと」(p32)だ。言い換えれば「自己表現すること」でもある。対象は、楽器でも絵画でも盆栽等なんでもアリだ。

 

 その効用については第一章で、「仲間ができる」「ボケを防止する」を挙げ、第二章前半で心得として「ものの見方を変える」「好奇心を取り戻す」などを提案しているが、正直ここまでの内容には目新しさはないというか他の定年本にも結構書かれていることだ。

 

 本書で面白いと感じたのは、第二章後半の「とにかく、やってみよう」、「つくったら、発表しよう」「自ら楽しみながら、人を幸せにしよう」という提案。

 定年まで大過なく勤め上げたサラリーマンにとっては、「行動する前に熟慮」、「失敗は絶対に避ける」という仕事のパターンが体の芯まで染みついていることが少なくない。

 ただ定年後は仕事から解放されたのだから、趣味で活動して失敗してもさほど他人には迷惑はかからない。

 

 そして作品を発表することで、他人からの評価が得られ自身の成長に繋がり、その結果自分も楽しみつつ、人も喜んでくれる、という好循環が起きるようになる。「もっと気楽に、もっと自由に」という著者の考え方には同意したい。

 

 この新たな行動パターンを起こす心理的な支えになる具体的な手法の一つ目が、「まず、カタチから入ろう」というもの。これは「大人買い」などと揶揄されることもあるが、要は憧れのプロの使っている一流品を自分も使うことで「セルフイメージが高まる」効果があるという。

 

 そして、もうひとつが「パクること」。おそらくこの言葉に違和感を持つ人も多いと思うが、ここで著者が言いたいのは「模倣」ではなく、他者の優れたところは盗んで「自分の色に染めて、自分のカタチに落とし込む」(p132)ということだ。「すべてのクリエイティブは『パクり』から始まる」(同)、とまで言い切っている。オリジナリティは「ゼロ」から作るものではないのだ。

 長い経歴と大きな実績のあるプロの音楽家の主張だけに説得力はある。

 

 あと、実践的なアドバイスと感じたのは、体力の衰えに備えて「文化系」の趣味を持つというもの。確かに中高年に人気のゴルフも山登りも80歳を超えてきたら普通は厳しい。

 

 最後に、音楽のプロである著者にとって本書は「初めてちゃんと出版される本」(p149)だそうだ。ちなみに著者は1953年生まれだから今年66歳になる。 

 

 本職の音楽以外でも、著作という新たな趣味というか仕事を手掛けているということは、「高齢になってもクリエイティブなことを手掛けるべき」という著者の主張をまさに自ら「実践」していることになる。

 このことは、本書がいわゆる「第三者視線の表層的な定年後人生のアドバイス」とは異なることを証明している。