如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

「関数電卓」にみる日本教育の特殊性――「電子辞書」とは事情が違う

カシオの関数電卓、地味に2000万台売れる理由(東洋経済オンライン)

劉 彦甫 : 東洋経済 記者

 

 カシオという会社から製品として何を思い浮かべるだろうか。

 個人的にはかつての「デジタルはカシオ」というCMのキャッチコピーから「デジタル時計」や「電卓」を思い浮かべるのだが、10月6日付けの東洋経済オンラインには、「カシオの関数電卓、地味に2000万台売れる理由」として、カシオの「時計」とならぶ二大事業柱である「教育事業」の主力を占める「関数電卓」の動向を解説している。

 

 世間一般的には「G-ショック」に代表される腕時計の会社として認知されていると思うし、実際に同社のWebサイトを見ると、最上段に大きく画像で紹介される商品は「時計」が半分を占める。その下の製品情報でも序列は「時計」から始まって、「電卓」は5番目。それでも、正式社名は「カシオ計算機」なのである。

 

 汎用性のある普通の電卓はそれこそ100円ショップでも売っているし、オフィスで事務に使うある程度の大きさのしっかりした卓上サイズの電卓も1000円台から購入できる(12桁卓上電卓の例)。

 

 これが関数電卓となると、価格帯が2500円から4000円台へとアップする。ボタンは増えるが、内部の部品に大きな変更はないだろうから利益率は高い。記事では関数電卓の売上高営業利益率は16%と、全社の利益率10.1%と比べても高収益だ、としている。

 

 この関数電卓、近年台数を伸ばしているのは東南アジアなどの新興国だそうだ。数学を効率よく学習するために、ベトナムなど数十カ国で関数電卓による数学教育法を普及する取り組みを行っているそうだ。

 

 翻って日本では、関数電卓の存在感は薄い。一部の理系学生などでは必須だろうが、そもそも電卓は、手計算の手間を減らすという目的でしか使われていないのが現実だろう。普通の電卓にも標準装備されていて、使いこなせば便利なメモリーキー(Mキー)ですら使う人は少ないはずだ。

 

 ではなぜ日本の教育現場で「関数電卓」が普及しないのか。この疑問に対する回答が記事にある「現場の高校の先生たちが関数電卓による教授法を知らないうえ、手計算を頑張ってきた自らの成功体験が捨てきれない」という「教育者側」の事情だ。

 

 これを教育者の怠慢と非難することは容易だが、「関数」を「四則演算」と同じレベルに考えていいのかは疑問も残る。

 私は数学に詳しい訳ではないが、例えば「標準偏差」を計算する場合、大量のデータを手計算で行うのは非合理的なのは分かるが、標準偏差の意味やその計算式を知らずに、ボタンひとつで結果が出てしまうのは、便利の一言で済まされるのだろうか。

 

 もちろん関数を、「数学」のツールとして活用するのか、「計算」の効率化として使うのかで意味合いが違うとは思うが、少なくとも「数学」として利用するのであれば、まず最初に数式を覚えて、計算を紙に書いて、結果を導きだすという手間は、関数の種類にもよるだろうが、「無駄」ではないと思う。一度関数の仕組みを知ってしまえば、あとは電卓で済ませても何の問題もないと思うが。

 

 このあたりの事情が、「手間」の問題だけで「紙の辞書」が「電子辞書」に置き換わったのとは事情が異なると思う。

 

 あとは、社会環境の変化の影響も大きい。「英語」については、文部科学省が2011年から小学校での英語教育の必修化、2020年から同教科化の導入(P15)を決めており、教師を中心に学校側が英語教育に真剣に取り組まざるを得なくなった。

 古参教師の「紙の辞書に慣れしんだ」などという「電子辞書」を回避する言い訳が通用しなくなったのである。

 

 また同じく2020年からは小学校の「プログラミング教育」も全面実施される。学習活動はAからDまでの分類があり、実際にプログラミング言語に触れるのはCレベルからのようだが、プログラミングに「関数」の概念は必要不可欠だろう。

 英語と同じように、教師が「必要に迫られれば」、プログラミングや関数を勉強せざるを得なくなる。

 結果として、関数が身近なものになれば、関数電卓の利用価値が見直される可能性がなくはない

 

 「なくはない」という表現を使ったのは、スマホやタブレットの普及で、入力機能の工夫や計算結果の表示の多様性では、専用機である関数電卓よりも有利な面も少なくないと思うからだ。

 

 記事では、「認知度が高まれば、いずれ日本でも関数電卓への理解が深まり、普及するかもしれない」としているが、個人的には今後「関数」への関心は高まっても「関数電卓」の売り上げ増につながるかは疑問だ。

 

 カシオもコンパクトデジカメ市場では、「エクシリム」ブランドで一時人気を集めたが、スマホカメラの普及で2018年に撤退した。過去に参入したワープロ、パソコン事業も今はない。

 これらに共通しているのは、新しい技術が社会に普及しても「より洗練された機能や利便性を持つ製品しか生き残れない」という事実だ。

 

 関数電卓が日本で普及するとすれば、より高度な機能がより簡単に使えるという優位性をスマホより発揮できた場合だろう。