如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

私立大学の研究費「貧困」は無用な大学が多過ぎるからだ

「大学の貧困」が「国難」につながる深い理由(東洋経済オンライン)

岩本 宣明 : 文筆家、ノンフィクションライター

 

 日本の大学の「研究」が窮地に陥っているという趣旨の記事「『大学の貧困』が「国難」につながる深い理由」が10月23日付けの東洋経済オンラインに掲載された。

 

 記事では、国立大学の場合「大学運営費交付金」が収入源に占める比率が高いが、これが2004年の国立大学法人化以降、毎年1%ずつ減額され続けてきたことが、また私立大学では、これに該当する「経常費補助金」が大学の増加に見合って増えていないことが影響していることを最大の要因としている。

 

 また、私立大学では学生獲得のための各種サービスや事務作業に追われて、研究に向ける時間が減っていることが、大学の研究力の劣化に繋がり、日本から科学者がいなくなると警鐘を鳴らしている。

 

 まず、最初に言いたのは、大学(特に私立大学)の研究機能が劣化したと筆者が指摘している「経常費補助金」だが、記事では「国が私立大学を補助する経常費補助金の総額は長期的に増額されていません」としているが、日本私立学校振興・共済事業団私学振興事業本部のWebサイトによれば、私立大学への交付額は、サイトで確認できる過去分(平成15年)以降を見る限り、平成15年を100とすると、交付額が最大だった平成23年には119.71%とほぼ20%増、直近の平成30年度比でも111.68%と10%以上増えている。(注:金額の単位:百万円は千円の誤りです

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          私立大学への補助金の推移

  平成15年時点の大学数は512校だから、平成30年の603校の伸び率(17%)に比べれば低いが、それでも大騒ぎするほどの違いではないだろう。

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大学数の推移

  

 問題の本質は、私立大学の校数が激増したことにある。平成15年以前の補助金の交付額が時間の都合で取得できなかったので、ここは個人の参考意見になるが、大学の研究機能が疎かになったのは、「補助金・交付金」が増えなかったからではなく、大学の数が増え過ぎたためだ。

  

 大学進学を希望する高校生が増えて、進学率が上昇したという背景があるのは分かるが、その増えた大学と大学生の実情をよく考えてみると、「研究」はおろか「大学」の名に値しない学校が多過ぎるのではないか。

 

 偏差値のつけようのないボーダーフリーと呼ばれるFランク大学という名称はごく一般化したし、実際に私立大学の40%近くは定員割れという現状がある。もっとも都心の大学の定員厳格化でここ数年は多少この比率が下がったようだが。

 

 記事では、「1980年には1校平均約8億円だった補助金は、私立大学が過去最高の606校となった2013年には約5億円に減りました」とあるが、1980年時点の私立大学の数は319校だったのが、2013年には603校と90%近く激増している(2018年時点では603校)。

 

  学生数に応じて補助金を交付するのであれば、相対的に学力や研究能力の高い私立大学への交付額は減ることになる。これでは専門性の高い研究活動に支障が出るのは当たり前である。

 

 ちなみに、国立大学は1980年から2018年までの期間で、93校から86校に減少している。これは医科系の単科大学が総合大学に併合された影響が大きいだろう。

 

 記事では最後に「研究力再生のために、革命的な政策を打ち出さなければ、大変なことになってしまいます。待ったなしです」とまとめている。

  著者の言う「革命的な政策」というのは、補助金・交付金の増額が主たる内容だろうが、繰り返すようだが問題の本質は「研究機関に値しない私立大学が多すぎること」だ。

 

 無用な大学と学生を減らせば、その分高度な研究を行う大学に資金を回せる。大学の進学率も50%を超えた2009年以降伸び悩み傾向にあるうえ、少子化が進むことで学生数の減少は確実。大学の選別は一段と厳しくなるだろう。

 一方で、政府の財政は悪化したままで、大学の研究開発予算の増額は期待できない。

 

 現状の交付額で、大学の研究力を高めるには、優れた研究が可能な大学に優先的に予算を振り向けるしかない。

 現状でも、文部化科学省が「研究大学強化促進事業」などで、研究体制の強化を行っているが、抜本的な成果は期待しにくい。

 

 大学の研究体制強化への根本的な解決策は、研究開発能力の低い大学の淘汰である。