如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

ツッコミどころが多すぎる「老後資産」の取り崩し方法

老後資産の取り崩し可能額が1分でわかる計算(東洋経済オンライン)

岩城 みずほ : ファイナンシャルプランナー

 

 昨年の「老後資金2000万円不足問題」以来、各種メディアでこの問題への対応策などが報じられてきた。東洋経済もその例に漏れることなく、随時関連情報を発信してきたと思う。それはそれで必要な情報だし、ニーズもあるので掲載するのは良いことである。 

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 ただし、2月9日の東洋経済オンラインに掲載された記事「老後資産の取り崩し可能額が1分でわかる計算」はツッコミどころ満載の「詰めが甘い」内容と言わざる得ない。

 

 著者はファイナンシャルプランナーの岩城みずほ氏。NHKやフリーのアナウンサーや会社員を経て、FPとして独立、経済評論家の山崎元氏との共著もあるようだ。

 

 ただこの記事、どうにも内容が「浅い」のである。タイトルに「1分でわかる」と打っているので、初心者にも分かりやすくという趣旨で書いたのだろうが、東洋経済オンラインの主たる読者層(中堅ビジネスマン以上を想定)にとっては、「いまさら」という事例が多いし、事実誤認に近いものまである。

 

 例えば1ページ目で59歳の会社員を例に出しているが、ここで「50代は人生で収入が最も高くなる時期です」とある。

 現在、大半の会社では50代になれば「役職定年」を迎えて、給料は20%近く下がるのが一般的だ。最も高いのはそれまでの40代後半からせいぜい50代前半だろう。

 

 加えて言えば、政府の働き方改革推進で今年の4月からは「同一労働同一賃金」が適用される。これによって多くの会社で実施が見込まれるのが、正規労働者の給料を、非正規労働者に合わせるという「実質的な賃下げ」だ。

 具体的には「住宅手当」「家族手当」などの削減が想定されている。これは私の勤める会社でも4月から実施される。その削減額は月数万円になるので、家計への影響は避けられない。こういった「現実」に触れていない点で、まず「合格」とは言えない

 

 次に指摘したいのが「退職一時金を受け取ったらどうするか」の部分。記事では「老後不安を必要以上に感じて不適切な金融商品を購入し、結果的に老後生活を不自由なものにしてしまう」としているが、これはもはや50代にとっては「当たり前」すぎる話。いまどき銀行で「外貨建て保険」に入るような人は当サイトの読者にはいないはずだ。

 

 むしろ記事にすべきは、その前段階の退職金を「どう受け取るか」の方だ。具体的には「一時金」「年金」「並行利用」の3つがあるが、その損得勘定(納税額)は人によって異なる。受け取り方次第で数十万円以上の差が出るのだ。この辺の事情については同じ女性FPでもより実績のある深田晶恵氏の記事「定年後の手取りを増やす退職金の受け取り方『たった1つのコツ』」の方が実践的で役に立つ。残念ながら東洋経済オンラインではないのだが。

 

 もうひとつ気がかりなのは、政府内で浮上している退職金課税の見直し。日本経済新聞は昨年10月「甘利自民税調会長「働き方による差是正」、退職金課税の見直し議論」との記事を掲載、勤めた期間が20年を超えると控除額が大きくなる退職金課税の見直しを検討課題としている。

 2020年度の税制改正では導入は見送られたが、来年度以降も俎上に上がる可能性は高い。これについても「一言も触れない」のは退職金を取り巻く情勢判断に甘さがあると言わざるを得ない。

 

 最後に指摘したいのが、老後の総資産を4000万円と設定して寿命を95歳とし「4000万円÷30年=約133万円で、1年間に取り崩せる額は133万円。これを普通預金に移し、12カ月で割った約11万円ずつ毎月使っていきます」としていること。

 これは現在一般的な考え方で、実践している人も多いのは事実だが、退職後の資金引出しについては、少しづつだが「定額法」よりも「定率法」の方が優勢になりつつある。(参考記事「逆算の資産準備」のすすめ~余命を考慮した引き出し率を考える)。

 年齢を重ねれば、総じて活動範囲も狭まるし、食も細る。厚生労働省の「第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会」の資料によれば、平成28年の健康寿命は男性が72.14歳、女性が74.79歳。自分が自由におカネを使える期間はせいぜい75歳ぐらいまでと考えた方が現実的だ。

 つまり、65歳から95歳までの30年間を一律で毎月11万円消費するという前提そのものが、老後の一般的な生活から乖離していると言える。

 

 記事では、最後に「①1年間にいくら使ってもいいかを「毎年計算し直す」、②運用を続けながら、取り崩していくこと」が大切だと指摘している。この考え方自体は正しいと評価できるだろう。

 問題は、この結論に至るまでの解説に「詰めの甘さ」が多すぎるという点だ。厳しいようだが、同じFPでも先の深田晶恵氏や共著もある山崎元氏の方が、ずっと読み応えのある記事を書いていると思う。

 

 並のサラリーマンよりは金融リテラシーの高い読者層が多い東洋経済オンラインなのだから、著者には次回はもう少し「骨のある」記事を期待したい