如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

キャリア官僚として「地獄」も「頂点」も経験した女性の官僚観

 

日本型組織の病を考える

2018年8月16日

 文章には、書き手の品性が反映されると常日頃思っているのだが、本書を一読したあとの著者へのイメージ
は、「真面目で冷静だが人情に厚い」だった。

 大阪地検特捜部の強引なシナリオによって突然逮捕され、1年3カ月の法廷闘争の結果、無罪を勝ち取り、
逆に国と検察を相手に国家賠償請求訴訟を起こし、事実上勝訴している。その後厚生労働省に復職、事務方ト
ップの事務次官まで務めた。

 キャリア官僚として労働省に入省後、順調に出世を進める途中で「逮捕・拘置」という言わば「地獄」を味
わった官僚ですらわずかだろうが(最近はやや目立つが)、その後復職して組織の「頂点」に上り詰めたという
経歴の持ち主は、男性も含めて他にいないだろう。

 著者の特徴は、こうした極めて異例な経歴を持ちながら、それを自分流に誇張することもなく、感情的にも
ならず、事実を淡々と分かりやすく説明している点だ。理路整然と話が進むだけに、検事の取り調べの理不尽
さや拘置所の意外な実態などが、自然に頭の中に入ってくる。

 著者の働き方も当時としては先進的だ。地方の労働基準局への出向(幼い子供を連れての親子二人で赴任)
などで行政の現場を把握し、本省の課長としては法案作成で関係各省庁や国会対策にも汗をかき、プライベー
トでは同じ官僚の夫と共稼ぎで2人の子供を育てるという、まさに現政権下で進行中の「働き方改革」のひと
つの見本を自ら実践するような働きぶりである。
 
 昨今、文部科学省の収賄疑惑、財務省の文書改ざん、防衛省の日報問題など官僚組織の不祥事が続くなか、
著者のいう「日本の組織は内部から変えられない病理を抱えている」という見方は、元事務次官としてキャリ
ア官僚の思考回路を知り尽くしているだけに説得力がある。

 著者の提起する解決策のひとつは、「本音」と「建前」の区別をなくし、「建前」通りに行動せざるを得な
い明確なルールとシステムを作ることだ。各種団体などから「忖度含み」で持ち込まれる政策案件は、明確なル
ールが存在することで、官僚も政治家も「ルールだから」と断りやすくなる、としている。仕事上、政治家も
官僚も国民の声を聞く耳は必要だが、理不尽な要求に対してはそこにかける時間も金も労力もないだろうから
この提案は筋が通っていて合理的だ。行政手続きの透明化という点でもメリットは大きいだろう。

 著書は退官後も、家庭的に厳しい環境に置かれ非行に手を染めた少女たち(逮捕後の拘置所で見かけて気に
なっていたそうだ)をサポートするプロジェクトを立ち上げるなど、天下りに御執心な他省庁の事務次官経験
者やキャリア官僚とはまったく異なる道を進んでいる。

 入省から退官後まで「建前=本音の立場で発言し、行動する」という筋が通った元官僚は貴重だろう。今後
も精力的に社会に貢献して欲しいと「本音」で思った。