「今夏の開催を望む人は少数派」が市井のリアリズムと主張
7日に政府から緊急事態宣言が発令され、1都3県の飲食店の営業時間短縮や一般市民の夜間の不要不急の外出の自粛要請が行われている。昨年末からの感染者の急拡大に伴うもので、後手になった感は否めないが実施しないよりはマシなのは確かだ。
問題は予定されている2月7日に宣言が解除できるかどうかだろう。近況を見ると9日には京都、大阪、兵庫3府県の知事が新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言の再発令を要請しており、少なくとも目先は感染状況が改善される見通しは立たないと言っていいだろう。東京都の感染者数に至っては9日まで3日連続で2000人を上回っており、医療崩壊は現実のものとなりつつある。
この差し迫った状況のなかで、個人的には夏の東京オリンピック・パラリンピックが開催できるのか非常に疑問を持っているのだが、政府や都知事からは予定通りの開催の方針しか伝えられないし、東京五輪・パラリンピック組織委員会も「安全安心に開催されるよう準備を進める立場」と声明を発表している。関係者には「中止・延期」という発想は少なくとも表面上は微塵もないようだ。
こうしたなか、日本経済新聞は10月付けの朝刊の1面のコラム「春秋」で、オリンピック開催の事実上の再考を促す論調を打ち出した。私は全てのマスメディアを漏れなく読んでいる訳ではないので不正確かもしてないが、日本を代表する全国紙が1面でオリンピック開催の見直しの記事を掲載したことの意義は大きいと思う。
記事では、第二次世界大戦末期の御前会議を引き合いに出して「国力の現状などのリアルな数字や予測を前にしながら誰もが思考停止に陥った」とし、「これが遠い昔の出来事と言い切れようか」と述べている。
後半では各種世論調査では「今夏の開催を望む声は少数派である。これが市井のリアリズムだろう」と冷静に国民の声を代弁している。個人的には「よくぞこの時期にここまで踏み込んだ論陣を張ってくれた」として拍手したいぐらいだ。大手新聞社は日経を含めて東京2020オリンピックオフィシャルパートナーであり(産経新聞はワンランク下のオフィシャルサポーター)、開催に否定的な記事を掲載するには相当な覚悟が必要だろう。しかも1面の準社説扱いである。
こうした国民感情と与党幹部の意識はかなり食い違っているように見える。例えば自民党の二階幹事長は5日の記者会見で「開催しないということのお考えを聞いてみたいぐらいだ」という発言をしている。「お考え」は世論調査で国民の意識としてはっきり示されているのに、これを完全に無視した内容だ。要するに「開催ありき」の前提で話を進めているので、都合の悪い情報には聞く耳を持たないのだろう。
そもそも日本がいくら開催すると前向きになったところで、肝心の海外各国が自国の感染対策で選手を送り出せない、もしくは感染が収束していない日本での開催に参加したくないと言い始めたらどうするのか。
そもそも世界で感染者数(10日時点で2200万人)、死亡者数(同37万人)ともに最大の米国が、何の問題もなくすべての選手団を送り出せるというのはどう考えても楽観的過ぎるだろう。仮に米国が選手団を派遣できないという判断をした場合、オリンピックの最大のスポンサーである米テレビ局は放映する意味を大きく失う。その結果、放映権の解約となれば国際オリンピック委員会は予定通り開催できるのだろうか。
7月23日の開催まで残り半年余り。聖火リレーは3月には始まる。政府と東京都は開催の中止や延期を視野に入れた議論を進める時期にあるはずだ。希望的観測だけに基づいて予定外のシナリオを考慮しないことを世間では「無為無策」という。