ドキュメント-誘導工作-( 中公新書ラクレ)
飯塚 恵子
本書のタイトルの原題は「inluence operations」だそうで、直訳すると「影響作戦」になるが、台湾で訳された「誘導工作」が一番ぴったりくる、との考察に基づいている。
サブタイトルにもあるが「誘導工作」とは、情報操作による巧妙な罠を仕掛け、「軍事力を使わずとも相手を自分の望む方向に政治的に誘導する」(p5)ことである。
この情報戦で攻撃側に立つのが「ロシア」(中長期的には中国も含む)で、防衛を迫られているのが「欧米の西側諸国」という構図だ。
読後の感想を一言で言えば「今年、来年と大きな国際的イベントを控えている日本が西側諸国では情報戦対策で大きな後れを取っている」ということだ。
日本がロシアから攻撃される可能性は低いと考えていたら、それは情勢認識が甘い。2018年2月に国立の「産業技術総合研究所」が不正アクセスを受けて未発表の研究情報などが漏洩している。専門家によれば「ロシア政府系の攻撃者の特徴とぴったり」(p227)だそうだ。
著者は、欧米のように移民問題で社会を二分するような対立の構図が現時点ではない、新聞など既存メディアへの信頼度が相対的に高く世論操作に対抗できる、などの点から日本が「いますぐ外国勢力に世論を大きく操られる可能性は当面それほど高くない」(p238)としている。
ただ第七章で、ロシアが攻撃する世論操作の対象の傾向として選挙における「低い投票率」と「比例代表制」が狙われるという指摘は重要だ。
日本では投票率は長期低迷が続いているし、国会議員は比例代表でも選出される。加えて言えば、地方議会に至っては立候補者が定数以下という事象まで起きている。
これはもう外国勢力に加担する意図があっても当選できるわけで、地方発で国家が乗っ取られる可能性を危惧した方がいいのかもいれない。
本書で特徴的なのは、各章の最後に関係者のインタビューを掲載していること。
例えば、誘導工作の総本山とも言えるロシアをテーマにした第三章では、ロシア政府系国際ニューステレビ局「RT」編集長と、ロシア軍出身のカーネギー・モスクワセンター所長を取材している。
よくぞインタビューに応じてくれたものだと感心するが、これが著者の誘導工作に関する考察に「厚み」を持たせていることは間違いないだろう。
最近読んだ本では、「内閣情報調査室 (幻冬舎新書)」が国内のテロ攻撃に対する政府の取り組みを解説していたが、本書は情報戦を舞台に繰り広げられる国際的なテロ活動への理解を深めることができる。
軍事衝突のように明白な紛争であれば世界から注目されるが、誘導工作は水面下での攻防という状況が把握しにくい戦争だけに、その現状を系統立てて解説する著者の意識の高さを高く評価したい。